サマンサ:
「いつも遠くから眺めてた。
彼の目に、私は映らないから」
「私は、実を言うと誰とも付き合ったことがない。
医者になるため勉強に明け暮れたティーン時代に、
恋愛について考える余裕はなかったのだ。
ジェイコブが、私の初恋」
「きっかけは学生時代、ブリジットに誘われて観に行ったライブだった。
アーサー率いる4人組のバンドが開いたライブ。
そこでギターを弾く彼がすごく格好良くて……ファンになった」
「それから今のフラットに引っ越して、初めてちゃんと知り合った。
あのときの彼がフラットメイトだなんて!
だからと言ってそこまで話すこともなかったけど……。
いつも皆を笑わせてくれる彼が好きになった」
「だから、あの映画館の一件やダンスフロアで過ごした夜は、私にとって宝物のようだった」
「ジェイコブがモテることは勿論知っていたし、彼は堅物な私には絶対に興味を示さない。
相手にしてくれない……そう思っていた」
「なのに」
「(……これはどういうことだろう)」
「(私、こんなに軽い女だった?)」
「その夜、ケイトに電話した。
『急患が出たから遅くなる』。
それしか言えなかった。
ジェイコブはアーサーに連絡を入れた。
特に怪しまれることはなかった」
アリシア:
「ジェイコブー、虫出た~~!」
ジェイコブ:
「食っちまえ」
アリシア:
「はあ!?退治してよ!」
ジェイコブ:
「あのなあ、虫だって生きてんだぞ。
無駄な殺生はしたかねえんだ、俺は」
アリシア:
「意地悪~!」
ジェイコブ:
「あ、俺。今電話来ると思ってたぜ。
いやいや、本当だって……」
アリシア:
「く、くっそ~!」
サマンサ:
「(凄い……。
まるで何事もなかったよう)」
「あれからそれほど会話が増えたわけでもない」
ジェイコブ:
「ハハハ……」
サマンサ:
「……」
「彼にとっては、単なる遊び。
分かっていたはずなのに、そう思うと悲しい」
「(ねえ、心臓が高鳴ってるのは私だけ?)」
ブリジット:
「この前はどうだった?」
サマンサ:
「え?」
ブリジット:
「デート」
サマンサ:
「ああ……。
うん、すごく楽しかった。
ブリジットが綺麗にしてくれたおかげよ。
ありがとう」
ブリジット:
「えへへ、それなら良かった!
うまくいくと良いね」
サマンサ:
「……」
ブリジット:
「……?」
サマンサ:
「ううん。
このトマト、甘くて美味しい。
どんどん進んじゃう」
「(相手してくれただけありがたいと思わなくちゃ駄目?)」
「(そもそも彼が私を好きだと私はいつから勘違いしていたんだろう?
ありえない……。
きっともう次の女の子のところに行ってる……でしょ?)」
「(じゃあ、あの夜は全部嘘?……)」
「(余計なことを考えちゃ駄目。
集中しなくちゃ。
仕事が忘れさせてくれる)」
「それから、初夏が過ぎ……。
一段と暑いある日のことだった」
サマンサ:
「…………」
ケイト:
「……どうしたの?具合でも悪い?」
サマンサ:
「うん、このところちょっと……」
「続く微熱とだるさ。病院でもあくびばかり」
ケイト:
「医者の不養生よ。
あなた最近ずっと……」
サマンサ:
「んっ!……ごめん!!
うっ……」
ケイト:
「大丈夫!?」
サマンサ:
「……大丈夫……。ごめんね……。
汚いもの見せちゃって」
ケイト:
「そんなの良いわよ。
それより、もう休まなくちゃ駄目よ」
サマンサ:
「…………」