ニュークレスト
『ヴィラ・ボヴィーネ』
サマンサ:
「有名画家イアン・ターナーが引っ越してきた衝撃の日から幾日か過ぎ、
私たちは歓迎会を開いた……が、更に驚く事実を聞かされた」
イアン:
「いやあ、美味しいカクテルだなあこれ!」
ケイト:
「でしょ?
自分で育てた果物で作るのがここのマスターのこだわりなのよ」
イアン:
「へえーっ!
僕カクテル好きだけどここの店は知らなかったなあ……」
ジェイコブ:
「そいや、どっから引っ越してきたんだ?」
イアン:
「ああ、ベラミー家から」
アーサー:
「えっ!?」
ジェイコブ:
「おいおい、面白えな先生。
ここにベラミー家の人間がいるってのに」
イアン:
「いや、本当本当。
僕、しばらく厄介になってたんだ」
アーサー:
「……」
イアン:
「僕もびっくりしたよ。
引っ越し先にベラミー家の息子さんがいるなんてね。
君のご両親には、本当に色々良くしてもらってすごく感謝しているんだ」
「アリシアと同じで、僕はアートギャラリーに勤めていた。
お客さんの注文通りに絵を描くのが、僕の仕事でね」
「最初のうちは皆に喜んでもらえて嬉しかったよ。
でも、次第に窮屈になってきた。
これが本当に自分がやりたかったことなんだろうか?
絵が売れれば満足なのかって、自問自答したんだ」
アーサー:
「……」
イアン:
「だから僕はアートギャラリーを辞めた。
一度きりの人生だ。
僕は好きな絵を、好きな時に、好きなように描く。
わがままな生き方をしてみようと思った」
「とはいえ、具体的なビジョンは全然見えない。
そんな時、オアシス・スプリングスに足が向いたんだよ。
砂漠とオアシスが調和する世界が、迷った僕にヒントを与えてくれそうな気がしてね」
「そこで君のご両親に偶然声を掛けて頂いたのさ」
ジェイコブ:
「そんで居候か」
イアン:
「そうだね。お邪魔したよ」
ジェイコブ:
「すげえな」
サマンサ:
「宮廷画家みたい……」
イアン:
「ハハハ。まさにそうだったね。
僕は別に家を借りる予定だったんだけど、ご夫婦が強く希望されてね。
それでご一緒させて頂いたんだ」
ケイト:
「でもどうしてこのフラットに?
ベラミー家は恵まれた環境だったんでしょう?」
イアン:
「そうだね。最高の環境だったよ。
だけど、ずっと厄介になっているわけにもいかないからね。
自分の住みたいところを探して、ここに来たんだよ。
一度、ハウスシェアしてみたかったんだ」
ジェイコブ:
「ほーん。
よりによってあんなオンボロフラットにわざわざねえ……」
ケイト:
「そんなこと言うと大家さんが泣くわよ」
ジェイコブ:
「へっ!
修繕してるのは俺じゃねえか。
そのうち外壁まで直すことになるぞ」
イアン:
「修繕?」
ジェイコブ:
「ああ。
ひでえぞ。
何か壊れても業者じゃなくて俺にやらせるんだからな」
イアン:
「できるんだ!?」
ケイト:
「クロス貼りから水道の詰まりまで、大体解決してくれてるわよね」
サマンサ:
「うん」
アリシア:
「大体はね!そう、ウ~ン、大体は!」
ジェイコブ:
「てめえら……」
「あはははは……」
サマンサ:
「……」
ジェイコブ:
「……」
「この店、良いんだけどよ。
禁煙ってのが納得いかねえ」
サマンサ:
「ふふふ」
ジェイコブ:
「今の首相は駄目だ。
余計な法律作りやがって。
……お前は吸わないのか?」
サマンサ:
「吸わない」
ジェイコブ:
「吸う顔してねえもんな」
サマンサ:
「顔の問題?」
ジェイコブ:
「なあ。
仕事帰りにも図書館行くのか?」
サマンサ:
「たまに。勿論、開いてればね」
ジェイコブ:
「マジ?
運動はしないのか?
アーサーでさえヨガ始めたって言ってたぞ」
サマンサ:
「へえー、そうなんだ。
(ブリジットの影響かな?)」
ジェイコブ:
「少しは身体動かせよ」
サマンサ:
「仕事で散々動いてる」
ジェイコブ:
「そうじゃなくてよ……っていうか、ストレスたまんねえか?
……お前、夜遊びしたことねえだろ」
サマンサ:
「あんまりしない」
ジェイコブ:
「金曜も?
金曜の夜はどこもかしこも盛り上がるだろ。
こう、パーッと……」
サマンサ:
「私、金曜は週末感がそんなにないの。
皆盛り上がってるの見ると、一人だけ損した気持ちになるけど」
ジェイコブ:
「ああ、金曜日じゃなくても良い。
試しに気晴らしによ、お前の一週間の仕事の最終日、
『一週間ワタシ頑張った!ご褒美デー』に夜遊びしてみりゃ良い」
サマンサ:
「うふふ、何それ。
……でも……夜遅くは危ないでしょ?」
ジェイコブ:
「………………マジか……」
サマンサ:
「?」
ジェイコブ:
「もったいねえな。そんな可愛い顔してよ」
サマンサ:
「えっ……」
ジェイコブ:
「俺が連れてってやるよ。
夜の過ごし方を教えてやるぜ。
どうだ?」
アーサー:
「……」
サマンサ:
「アーサー、考え事?」
アーサー:
「ん?いや、イアンがあんな風になるとは……」
サマンサ:
「まあ……びっくりよね」
アーサー:
「ジェイコブが介抱役なんて違和感しかない」
サマンサ:
「うふふ。
でもイアン、気取らず良い人だね」
アーサー:
「そうだな」
サマンサ:
「アーサーの家にいたなんて」
アーサー:
「ああ……家に連絡取ってないから知らなかったよ」
サマンサ:
「家に帰ってないの?」
アーサー:
「帰りづらいんだ」
サマンサ:
「そっか。
私もしばらく音信不通状態になってる。
たまに帰ろうかな」
アーサー:
「……」
アリシア:
「サマンサ。
イアン先生が……」
サマンサ:
「あ、はいはい」
イアン:
「グゴォ……。
僕は幸せだなあ~~~~……グゴォ……」
ジェイコブ:
「ありゃあ寝言かね?」
アリシア:
「みたい」
ジェイコブ:
「とりあえずベッドまで運んだけどよ。
先生どう直してもまっすぐ寝やしねえ」
サマンサ:
「ありがとう。後は任せて」
ケイト:
「止めなかったらもっと飲んでたわよ、きっと」
アーサー:
「大丈夫かな……」
ケイト:
「サマンサがいるから大丈夫でしょ。
だけど……明日になれば頭痛との戦いね」
ジェイコブ:
「あーあ。先生、できあがんのが早えわ。
おかげで飲み足りねえ」
アリシア:
「言っとくけどあたしは介抱してやんないからね!」
ジェイコブ:
「死んでもオメーの介抱はいらねえ」